20世紀文学の古典的名著「砂の女」。世界二十数カ国語に翻訳された安部公房(1924~93年)の作品は、庄内砂丘が舞台とされる。
「一見登山家風の男がS駅で下車」し、新種の昆虫を探そうと砂丘を訪ねる。「砂は決して休まない。静かに、しかし確実に、地表を犯し、亡ぼしていく…」。破滅の象徴として「砂」は執拗(しつよう)に描かれるが、現実世界では決して、無味乾燥なだけの否定的存在ではない。
日本海側多く
「庄内では砂丘が自然の防潮堤の役割を果たしている。だから仮に東日本大震災と同じような津波が来ても、被害は軽減されると思う」。鶴岡高専教授の沢祥(ひろし)は「砂丘効果」を口にする。
庄内砂丘は、遊佐町吹浦から鶴岡市湯野浜まで35キロにわたって分布する。「山形県 地学のガイド」(コロナ社)によれば、幅は北部で約1.5キロ、南部で3キロ。海岸線に沿って海側と陸側に2列(一部では3列)あり、海側砂丘列は低く、標高25メートルを超えないが、陸側砂丘は発達し、最高部は「いこいの村庄内」付近で標高77メートルに達する。この高さが、津波から命を守るとりでとなる。
日本海側には砂丘が発達する場所が多い。その原因は真冬に日本海側から吹き付ける激しい季節風だ。砂を巻き上げ陸地に迫るため、大砂丘が形成される。「仙台平野に、庄内平野と同じような規模の砂丘があったならば、あれだけの被害は起こらなかった」と沢は言う。
もちろん、庄内平野全体が津波被害から完全に免れるわけではない。「庄内砂丘があるから対策を取らなくてもいいのだ」と主張したいわけでも無論ない。長年、庄内で地震防災の必要性を訴えてきた沢は「最上川などの河川周辺は津波が遡上(そじょう)するし、砂丘より海側に住んでいる市民も大勢いる。砂丘地、とりわけ風下側の急傾斜地は強震動に弱く、注意が必要だ」と話す。
地震津波は日本海側でも繰り返し発生してきた。歴史に学び、英知を結集して減災につなげたい=鶴岡市
県が予測変更
東日本大震災を踏まえ、県は庄内沿岸の津波浸水域予測を変更。想定される地震の規模をマグニチュード(M)7.7からM8.5に引き上げた。酒田港での津波の高さは従来の1.3メートルから大幅増の8.8メートルと予測。また、浸水域は2678ヘクタール(東京ドーム573個分)、津波(第1波)の到達時間は最も早い飛島が7分、他の地点は17~23分とした。県はさらに、津波の脅威を知ってもらおうと、酒田市、鶴岡市、遊佐町の3地点を選定し、被害予測をコンピューターグラフィックスで映像化するなど、防災意識の向上に努めている。
海外における日本文学研究の第一人者で、東日本大震災後、日本国籍を取得した米コロンビア大名誉教授ドナルド・キーンは「砂の女」の解説で、「二十世紀の人間が誇るべき小説の一つ」と絶賛した。
絶えざる砂の動きによって、砂丘の底に埋もれていく一軒屋に閉じ込められた主人公の男は、ひたすら砂をかきだしながら逃走の機会をうかがう。
安部公房は、男の視点を通して「欠けて困るものなど、何一つありはしない」と記した。日常というものは確かにそうした一面があるかもしれない。しかし、地震や津波で消えていい命など一つもありはしない。だからこそ、常日ごろから備えておくこと、防災意識を高めることが大切となる。=敬称略
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