第3部・連携実施の先駆け(2) 置賜(中)米沢~明日につなぐ地域医療|山形新聞

明日につなぐ地域医療

第3部・連携実施の先駆け(2) 置賜(中)米沢

2022/1/31 13:00
新病院の開院に向け、やるべきことは山積する。合同、個々で打ち合わせが日々行われている=米沢市立病院

 置賜地域20万人のうち最多の8万人が暮らす米沢市。県内2例目の地域医療連携推進法人を目指す米沢市立病院と三友堂病院の建設が進んでいる。ともに米沢の急性期医療を担ってきた2病院が機能分担し、病床を再編する。建物は同じ敷地に建設され、連絡通路で結ばれる。公立と民間がここまで踏み込んだ連携をするのは全国でもまれだ。

 急性期の病院間で医師や患者を奪い合わずにすむ連携は、慢性的な医師不足に陥っていた市立病院関係者にとって悲願だった。2009年、両病院の建て替え時期が重なるのを見据えて一度、統合・連携を三友堂に申し入れた。だが当時、三友堂は急性期を含めた診療機能を継続したい思いが強く、アプローチは不調に終わった。その間、市立の医師不足は深刻さを増す。2000年ごろに約50人いた常勤医は一時、30人程度に。手術や入院に対応できない診療科が出て患者が減り、また医師が減るという悪循環に陥った。

 互いに単独で建て替え計画を進める中、15、16年に状況が変わった。市立の精神科医全員が辞め、精神科が閉鎖に追い込まれた。患者の受け入れ先確保に追われるとともに、医師の急減で、このままで救急医療を維持できるのかという課題を改めて突きつけられた。単独の計画は棚上げとなる。

 「患者、医師の奪い合いで、いずれ共倒れになってしまうのでは」。同様に建設計画を進めていた三友堂も懸念を抱くようになっていた。米沢市立病院の大串雅俊院長(65)は「単独の建設計画を進めながら、規模の小さい魅力のない病院になってしまうと、葛藤があり、機会あるごとに三友堂に『一緒になろう』と話していた。あのまま建てていたら大変なことになっていたと思う」と振り返る。

 「どういう形であれ市立と一緒にやりませんか」。米沢市立、三友堂の両病院が連携に動きだしたのは2016年8月。中川勝市長(71)が三友堂の仁科盛之理事長(73)を訪ね、申し入れた。精神科閉鎖問題で各方面と交渉し、中川市長は医師確保の難しさ、自治体病院の厳しい経営状況を肌で感じていた。言葉に切実さがにじんだ。

 130年超の歴史がある三友堂にとって、これまでの医療体制を変える、とりわけ急性期を手放す決断は簡単なことではなかった。だが、加速度的に進む人口減少を前に、仁科理事長も連携再編の必要性を認識していた。「われわれも米沢全体のことを考えなければいけない。市長がそこまで言うなら」と検討開始に応じた。

 17年1月には市が地域医療連携推進法人を創設する方針を表明。嘉山孝正山形大医学部参与(当時)をトップとする検討委員会で連携のあり方に関する協議が行われた。

 新病院の建設は始まっており、23年11月の開院に向けて準備が進む。公立と民間それぞれが独立性を保った上での高度な連携。調整は手探りだ。今、両病院がすり合わせている項目は救急、外来、病棟、手術、検査など部門ごとに多岐にわたり、合同のワーキンググループだけで11ある。

 例えば、転院の基準。市立で急性期治療を受けた患者をどのタイミングで三友堂に受け渡すか。建物が一体となることで、双方の医師による病院をまたいだ診療もしやすくなるが、その際の報酬はどちらに支払われるのか。さらには人材確保策としても期待される病院間の人事交流。先行する日本海ヘルスケアネット(北庄内)とは違い、米沢の連携は当面、制約の多い市立と民間で、在籍出向の取り扱いなど一つ一つルールを設ける必要がある。「前例がないだけに、やるべきことは山積している」。市立病院の和田晋総務課長(56)は言う。

 周辺の医療機関も新病院の連携の行方に関心を示している。新病院側は「日本海」のように連携を他の医療機関にも徐々に広げていく考えだが、それは2病院の連携が軌道に乗ってからだ。仁科理事長は「米沢市民に良い医療を提供するためには三友堂、市立のどちらが転んでもいけない。双方が良くなっていくこと。それが今回の連携の大前提だ」と強調する。

【メモ】

 急性期を担う市立は322床から263床、回復期・慢性期を担う三友堂は、現病院(185床)に三友堂リハビリテーションセンター(120床)を統合した上で、199床に減らす。両病院で地域医療連携推進法人をつくり、それぞれが独立性を保ちながら、高額医療機器の共同購入や人事交流などで効率的な医療提供を目指す。

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