異変-生態系クライシス

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第2部・森と林(1) 増加するイノシシ<上>

2023/3/25 14:52
イノシシ捕獲用のわなを仕掛ける県猟友会天童支部員=天童市東部の山裾

 本県でイノシシは明治時代以降、絶滅したと言われた。2003年には県のレッドデータブックで改めて「絶滅」と記載されたが、そこから20年が経過した今、イノシシは増加を続け、農作物被害や人的被害を引き起こす存在となっている。この間、森と林にどんな「異変」が生じたのだろうか。

 県イノシシ管理計画(21~25年度)によると、イノシシは東北や北陸の多雪地帯で明治以降、狩猟圧の高まりや土地利用の拡大で絶滅したとされた。ただ、02年に天童市で1頭が捕獲されて以降、県南東部や蔵王連峰の南北地域、最上、庄内などでも存在が確認され、隣県からの流入、温暖化などの要因が指摘された。

 18年のレッドデータブックでイノシシは絶滅種から除外され、同計画は「生活環境及び林業や生態系への被害などを含め、全県的に被害を発生させる状況に至ることが懸念される」と指摘する。

 人の手で一度は絶滅の危機にひんしたイノシシは今、「害獣」のそしりを受けながら増加し続ける。そこには悪意も罪もない。一方、駆除を担う猟友会員数は最盛期の4分の1ほどにとどまり、対応に手をこまねいている。人と獣のせめぎ合いは、人が自然に凌駕(りょうが)されるさまを見ているようでもある。

 3月17日、果樹畑や水田が近くに広がる天童市奈良沢のスギ林を訪れた。木の根元には有害鳥獣駆除用のわなが設置されているが、仕掛けは巧妙に埋められ、一見しただけではどこにあるかは分からない。イノシシによる農作物被害を受けた農家の依頼で設置されたものである。

 わなを仕掛けた県猟友会天童支部前支部長の奥山仁(まさし)さん(80)=同市=ら3人の会員の案内を受け、巡回作業に同行した。冒頭、奥山さんが「あれがイノシシやタヌキの『獣道』だ」と斜面を指さした。落ち葉のくぼみが道を形作り、山の奥へと続いている。イノシシが掘り返したらしく、タラノキの根元にはえぐられたような深い穴があった。わなは作動していなかったが、イノシシがここに来ているのは間違いない。

 落とし穴を踏み抜いた足をワイヤでとらえる「くくりわな」。奥山さんは「人の匂いを付けてはいけない」と手袋を着けて仕掛けを修正する。木の枝を地面に刺してわなに誘導する動線を作るなど工夫を凝らし「人とイノシシとの知恵比べだ」と息を吐いた。

県内で生息数が急激に増えているイノシシ=2018年、天童市

 天童市奈良沢は2002年、絶滅したとされたイノシシを市内の猟師が撃ち、ニュースになった地でもある。猟師歴50年以上の奥山さんが存在を認識するようになったのもそれ以降だという。「当時、雪上にラッセル車のような足跡が見つかって『何かがいる』と話題になった」と振り返り「そこからイノシシを見るようになり、15年ほど前から農作物被害に困る声を聞くようになった」と語る。

 県の調査による推定生息数は07年度に約300頭、11年度には千頭を超え、22年度は1万1409頭に上るなど爆発的に増加している。1月7日には南陽市の住宅地にイノシシが現れ、40代女性が足をかまれて重傷を負う人的被害が出るなど、市民生活に無視できない影響を既に及ぼしている。

 県猟友会天童支部は例年、70頭以上のイノシシを捕獲する。県全体の捕獲数は増える一方、頭数の増加に歯止めがかかっていないのが現状だ。このままでいいのかと危惧する奥山さんは、わなや猟銃による駆除に制限がある「鳥獣保護区」の一部規制緩和を県などに繰り返し要望してきた人物でもある。「『銃猟禁止区域』であればわなが設置できるが、保護区でイノシシが繁殖するとなると何もできない。そうした議論は必要ではないか」。奥山さんは「現場の声」として提言する。

      ◇ 

 地球温暖化、生活スタイルの変遷などにより、私たちと自然の関わりは大きく変わった。第2部は「森と林」の異変を追う。

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