異変-生態系クライシス

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第2部・森と林(2) 増加するイノシシ<下>

2023/3/26 13:51
イノシシが掘り起こした果樹園地の一部。野生動物の脅威は間近に迫っている=天童市

 最初はほんのわずかな異変だった。上山市や天童市で2007年度、イノシシに水稲などが荒らされる被害が見つかった。県内では絶滅したとされる時代。被害総額は1万2千円程度にとどまり、農作物への影響は限定的だった。それから10年以上が経過し、様相は一変した。

 現在、県内のイノシシの推定生息数は1万頭を超える。頭数の増加とともに農作物被害も急増し、21年度の被害額は07年度をはるかに上回る約8300万円に膨らんだ。生息域は広がり続けており、18年度には絶滅種と位置付けた県のレッドデータブックから除外されるに至った。

 イノシシの増加は地球温暖化や人間の営みの変化が関係しているとされる。時代の変遷の中で、森林生態系は様変わりしつつある。森の異変は人の生活圏にも影響を及ぼし、普段の暮らしや産業を脅かすようになった。

 もともと、イノシシは本県を含め、東北一円に生息していた。明治維新後、各藩で定めていた狩猟のルールがなくなり、各地で乱獲が進んだ。家畜伝染病「豚熱」の発生なども重なり、次第に姿を消したという。

 イノシシが本県で「復活」した背景には、人々の暮らしの変化がある。牛肉や豚肉の普及で狩猟肉は食卓から遠ざかり、高齢化による狩猟人口の減少で狩猟圧が弱まった。地球温暖化で少雪傾向が続き、県外から入り込みやすくなったとの指摘もある。

 従来、本県はイノシシの食性と関連が深いナラ類などの広葉樹が県土全体の約50%を占め、繁殖しやすい環境が整っている。森林総合研究所東北支所(岩手県)の大西尚樹動物生態遺伝チーム長は、本県の現状について「新たに出没したというより、県内で個体数が回復しつつあると考える方が自然だ」と説明する。

 生息域は人里まで迫り、危険にさらされているのは農作物に限らない。今年1月には、南陽市宮内の住宅地に出没し、男女3人がかまれる被害が発生した。豚熱に感染した個体も各地で見つかっており、養豚業者は農場にウイルスが侵入しないようリスク管理を徹底し、警戒を強める。

 県の将来予測では、個体数を即座に減らすには21年度以降、4千頭以上の捕獲が必要とする。ただ、19年度の捕獲頭数は2002頭にとどまり、急激な引き上げは困難な状況だ。捕食者となるニホンオオカミも既に絶滅し、自然の営みの中で減少する見込みは低い。

 進化遺伝学などが専門の半沢直人山形大名誉教授は「自然で管理できなくなった以上、人間の手で頭数制限せざるを得ない」と強調する。狩猟による駆除を加速させるには、ジビエ(野生鳥獣肉)の利用拡大が欠かせないが、他県と比べて環境の整備が遅れていると指摘し「施設の設置などを進め、個体調整を産業化する仕組みをつくらなければならない」と訴えた。

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