異変-生態系クライシス

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第2部・森と林(7・完) 小さなヤマネの警告

2023/3/31 07:51
赤外線自動撮影装置を調整する中村夢奈代表=2021年8月、米沢市(やまがたヤマネ研究会提供)

 日本では本県を含む本州、四国、九州、島根県沖の隠岐諸島に生息する「ヤマネ」は、丸くなるとピンポン球ほどの小さな哺乳類だ。氷河期を乗り越えてきたとされる。このヤマネが伝える環境の「異変」を注視し続ける研究者がいる。

 本県でヤマネをはじめとする哺乳類の調査や研究を行っているNPO「やまがたヤマネ研究会」(山形市)の中村夢奈代表(39)は「今月、もう冬眠から起きてしまった個体を見かけた」と語る。英語で「dormouse(眠りネズミ)」と表記されるほど冬眠期間が長く、通常は5月の大型連休ごろまで冬眠するが「近年はヤマネがしっかり冬眠できないシーズンが増えている」と指摘する。

 暖冬の問題だけではない。毎年のように発生する豪雨、餌の豊凶も生存を左右する。氷河期を生き延びたヤマネは環境への適応力が高いとされているが、かつてない環境の変化が複合的に発生したら-。小さなヤマネがそれをも乗り越えられる保証はない。

 ヤマネは一日の半分は寝て過ごし、本県では10月中旬から5月の大型連休ごろまで冬眠する。体長は尻尾まで含めても14センチほど。げっ歯目、つまりネズミの仲間だが、小さいハムスターにリスの尻尾を付けたような姿だ。

 やまがたヤマネ研究会(山形市)の中村夢奈代表(39)は日本獣医畜産大(現日本獣医生命科学大)の学生時代からヤマネを調べている。長野県の軽井沢をフィールドにし、2006年に山形大大学院理工学研究科に進んでからは西川町の大井沢をはじめ本県のヤマネを定点観測する。

木の上で生活するヤマネ。急激な環境変化に脅かされている=2010年6月、西川町(やまがたヤマネ研究会提供)

 ヤマネは気温が9度を下回ると冬眠する。豪雪地帯のためか、関東のヤマネと比べると本県ではより長く眠り、樹上のすみかも1.5メートルほど高い。標高の高い山にしかいないと言われていたが、山形市の千歳山など低い山でも確認され、人間の近くにも存在することが分かった。県のレッドリストでは絶滅の危険が増大している「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」だったが、18年度の改訂で1ランク危険度が低い「準絶滅危惧種」に引き下げられた。

 生態が詳しく分かったことで、環境の変化が及ぼす影響も見えてきた。13年夏の豪雨被害で、大井沢の調査エリアでは土砂崩れが起き、研究用巣箱も損壊。その後半年ほどヤマネの姿がほとんど見られなくなった。暖冬と言われた年を中心に、冬眠しているはずの12月や3月にヤマネが散見されるようにもなった。その時期に目覚めて餌がなければ死活問題だ。

 氷河期を乗り越えるなど環境に適応してきたヤマネだが、夏の豪雨で個体が減り、秋に実りが少なく、さらに暖冬が訪れるなど、危機的要因が複合的に発生することもあり得る。「一つの危機を乗り越えられたとしても、次に来る危機をくぐり抜け、生き延びる個体はどれだけいるだろうか」と中村代表は危惧する。

 クマやイノシシなど、大型で、人に影響を与える可能性がある生き物は目につきやすく、人の興味も集中しやすい。中村代表は「小さな動物は、人の目に触れないまま環境のゆがみでいつの間にかいなくなっていた、ということが起きかねない」とする。ヤマネの定点観測は生態系の一端を教えてくれる。小さな“隣人”が発する静かな警告に耳を傾けなければならない。=第2部おわり

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