ご飯給食時に持参「から弁」、お役御免 県内最後、天童で制度終了

2022/8/16 09:36
JAてんどうが市内の新1年生に寄贈してきた弁当箱の一部。アルミ製からプラスチック製が主流になり、デザインも時代とともに変化していることが分かる

 空っぽの弁当箱、通称「から弁」を持参し、ご飯をよそってもらい給食を食べる制度が、天童市の小中学校でひっそりと姿を消した。かつては山形市や長井市でも見られた制度だが、県内では唯一、天童市で先月まで続いていた。保護者の負担軽減が主な目的で、天童市学校給食センターは2学期から専用食器でのご飯提供を開始する。

 天童市で「から弁」が始まったのは昭和50年代前半。学校給食の主食はそれまでパンか麺だったが、週1回の「ご飯の日」が設けられた。当初は弁当箱にご飯を詰めて持参していた。

 その後、米の消費拡大などの観点から米飯給食が導入され、回数も次第に増えていった。こうした中、同市ではご飯用食器をそろえる代わりに、児童生徒から空っぽの弁当箱を持参してもらう、いわゆる「から弁」が生まれた。

 なぜご飯用食器をそろえなかったのか。その理由について、同センターの大沼敦所長(55)は「1970(昭和45)年に給食センターが新設されたが、米飯給食を前提としておらず、児童生徒数千人分のご飯用食器を保管するスペースがなかった」と説明。「センター方式を導入している山形市や長井市でも、同様の理由で『から弁』を行っていたと聞いている」と話す。

 79(同54)年からはJAてんどうが、市内の新1年生に弁当箱を贈る取り組みを開始。「天童産米を小・中と9年間食べて健康に育ってほしい」との願いが込められていた。同市の「から弁」は、2010年にテレビの人気番組でも紹介され、話題となった。

 天童市学校給食センター主事の山口拓海さん(23)は「から弁」のど真ん中の世代。「パンの日と勘違いして『から弁』を忘れた友達に弁当箱のふたを貸したり、弁当箱を学校に忘れてもう一つ、別の『から弁』を持って行かざるを得なくなったりしたことがある」と、当時を懐かしそうに振り返る。

 しかし時代の変化とともに、「から弁」に注がれる目は厳しさを増す。保護者からは「なぜ空の弁当箱を持たせなくてはいけないのか」「毎回洗うのが面倒くさい」など、廃止を求める声が寄せられていた。

 そこで同センターは老朽化した食器洗浄機の更新に合わせ、ご飯用食器の導入を検討。洗浄機の高機能化に伴い、食器かごの小型化も実現。児童生徒と教職員約5400人分のご飯用食器を、現在の保管庫に収容できるようになり、導入に踏み切った。

 大沼所長は「共働き世帯が増え、タブレットなど子どもたちの荷物も増えている。かつては家庭で親子がコミュニケーションを図るきっかけになどと呼び掛けてもいたが、そうした役割も終わったのだろう」と語った。

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