最優秀に高野さん(宮内中2年) 南陽・結城記念館の中学生作文

2023/11/22 19:48
鈴木かなえ館長(右)から表彰状を受け取る最優秀賞の高野太喜さん=南陽市宮内中

 南陽市の結城豊太郎記念館(鈴木かなえ館長)による「中学生ふるさとづくり作文コンクール」の入賞者が決まり、最優秀賞に宮内中2年の高野太喜さん(14)の作品が選ばれた。

 作文コンクールは結城豊太郎の遺徳を学び、地域の良さを発見してもらおうと毎年開催し、9回目。今回は西置賜も含めた中学校から22点が寄せられ、鈴木館長ら6人が審査した。

 入賞の表彰状贈呈は各校で行われ、宮内中では15日に実施。鈴木館長が「古里のために何ができるか、具体的に理想をどう実現するか、自分を信じてまい進してほしい」と呼びかけて、高野さんらに手渡した。

 入賞作は、結城豊太郎のひ孫で中央大法学部・同大学院法学科教授の青木裕子さんが目を通し、返却時に感想を添えた。最優秀以外の入賞者は次の通り。(かっこ内の洋数字は学年)

 ▽優秀賞=秋保心音(宮内3)安達はな(宮内2)▽佳作=加藤朱葵(宮内2)落合蓮(宮内2)岡部稟子(白鷹3)佐藤守凛(宮内2)

高野太喜さん

■最優秀賞の全文

 山から見える景色は、その山をどのくらい登ったかによって大きく変わってくる。一般に、頂上に近づくほど視界は晴れて、良い景色となる。そして、頂上から見る景色は絶景だ。その絶景は、山を一歩一歩登り、頂上にたどり着いた人だけが見ることができる。この「山」を「人生」と考えたときに、僕が頂上にたどり着き、絶景を見るためにできることは何だろうか。

 こう考えるきっかけとなったのが、僕が住む南陽市の名誉市民、結城豊太郎先生のある言葉である。その言葉とは、「学ぶは山に登るが如(ごと)し」という言葉である。この言葉は僕の中でとてもしっくりくる言葉だった。なぜなら、僕の今までの経験の中でも、前よりも「見える景色が変わった」と思えることがあったからだ。

 中学1年生の頃、僕はソフトテニスの大会に出場することになった。中学校に入ってすぐの大会で、僕はソフトテニス経験者だったが、僕のペアは初心者だった。そのような中、結果を残したいという気持ちが先走り、ペアがいるのにも関わらず自分1人で点を取ろうと必死になってしまった。そのため、必死になればなるほど相手に隙(すき)をつかれ、点を取られることになった。そして、大会で勝ち進むこともできなかった。しかし、その後の部活動では自分の課題を意識して練習し、練習試合も何度も経験することができた。そして何よりも、部活や試合をペアと共に経験したことで、信頼関係を深めることができた。その結果、臨んだ2年生の試合では、2人で1点を取るという新たな考え方を持って試合をすることができ、勝ち進むこともできた。この試合での考え方の変化が、僕の中で「見える景色が変わった」と思う経験だ。僕はこの経験から、結城先生の言葉には説得力があると感じた。

 また、結城先生の生き方にも大きな説得力がある。先生は小さい頃から経済への興味があり、学習面でもとても優秀だった。そして、誰よりも努力する、諦めない人だったそうだ。そのことが認められ、日本銀行への入行を果たす。その後、日銀ニューヨーク代理店での経験や現在のみずほ銀行の副頭取を経て、日本銀行総裁になられた。総裁になられた後も、ふるさと赤湯の発展に尽力された。

 僕は、このような結城先生の生き方はまさに、「学ぶは山に登るが如し」であると思う。なぜなら、結城先生は小さい頃から自分の興味のある分野を追究し、たくさんのことを経験して、日本銀行の頂上である総裁になられたからだ。そして、ふるさと赤湯の発展に尽力された。普通の人なら自分で稼いだお金は、自分で使ったり、家族のために使ったりするだろう。しかし、結城先生は自分で稼いだお金の多くを赤湯の発展活動に使われたそうだ。そのようなことができたのは、結城先生が頂上で多くのことを考えていたからだと思う。実際に山を一歩一歩登って頂上にたどり着き、そこからの景色を見られた結城先生の生き方に大きな説得力を感じた。

 僕は結城先生の言葉に出会い、「人生」は「山」であると考えるようになった。人によって山への登り方や登る速さは違う。また、山によって頂上から見える景色も違う。つまり、登り方も登る速さも、どんな景色を見るかも自分で決めることができるということだ。しかし、逆に言えば、自分で決めなければならない。そのような自分で考え、決めるというところに山と人生との共通点を感じた。

 結城先生も同じようなことを考えていたのだと思う。先生は頂上に登りつめるまで、つまずかなかった訳ではない。日本銀行へ入行しようとしたときだって何度もつまずいた。しかし、先生は諦めなかった。何度も起き上がり、遂(つい)に入行することができたのだ。それからは仕事ぶりを認められて出世を果たすが、新しい考えを取り入れたことが一部の人の反感を買い、自ら銀行を退いたこともあった。しかし、日本銀行総裁となった後は、それまでの豊富な経験を生かして日本の経済界に多大なる貢献をされた。結城先生は、このような人生を山と重ねていたのだと思う。

 では、僕はこれからどんな山を登っていけばいいのだろう。僕は、将来何の仕事をするのかがまだはっきりしていない。しかし、今回、結城先生の言葉と生き方に触れ、人生について新たな考えを持つようになった。それは、「人生は山である」という考え方だ。その山の頂上にたどり着くためには、誰よりも努力し、諦めない心を持つことが必要である。頂上にたどり着くことはとても難しいことだと思う。しかし、僕はこれから何事にも努力し、簡単に物事を諦めないように心がけていこうと思う。それを続けることができれば、僕は頂上からの絶景を見ることができるだろう。

記事・写真などの無断転載を禁じます
[PR]
[PR]
おすすめニュース

県内ニュース最新一覧

[PR]