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丹野こんにゃく社長
丹野真敬氏
丹野真敬氏
【インタビュー】
 -業界・自社の現状とそれを踏まえた挑戦分野は。

 「こんにゃくの家庭消費は食の多様化で減少傾向にあったが、新型コロナウイルス感染拡大に伴う巣ごもり需要で横ばいか微増程度だ。一方、イベントや、観光地で消費されていた玉こんにゃく、飲食店への卸はコロナ禍で落ち込み、全体では非常に厳しい。しかし、出掛けにくい中で足を運んでくれたお客さまの要望から、懐石料理で提供していたこんにゃく粥(がゆ)の家庭用パックを開発した。厳しい時だからこそ、これから必要とされる商品を開発し、世に提案していくのが大事だと方向を定め前に進んでいる。今月こんにゃくコロッケを店舗で発売したが、洋食、中華でもおいしいこんにゃくの食べ方、商品を提案していきたい」

 -なぜそこまで、こんにゃくにこだわるのか。

 「当社の真ん中に据えている柱だからだ。料理も提供するが、あくまでもこんにゃく屋。この立ち位置を忘れると“迷子”になる。こんにゃくは素材の味や香りを吸い込むほか、糖やカロリーの摂取を抑えられ、便秘解消効果も期待できる優れた食材。単に使用するだけでなく、こんにゃくが入ることで味・食感が良くヘルシーなど、付加価値のある商品の提供を常に目指してきた。こんにゃくという食材や地域で親しまれてきた食べ方、食文化を次世代に残すには、食べ続けてもらわなければならない。こんにゃくにこだわり、かつ顧客の要望に応えて時代を読んだ商品を提供・開発することが当社の存在意義だ」

 -求める人材は。

 「仕事に意欲と情熱のある人だ。そのためベテランを含めた全員に販売、製造双方の仕事を定期的に経験してもらっている。販売担当が製造現場を知れば、お客さまへの説明に重みが出る。製造担当がお客さまの喜ぶ顔を見て声を聞けば励みになる。互いの部署への尊敬も生まれる」

 -最も影響を受けた人物と、その教えは。

 「創業者の祖父と、こんにゃく懐石を始めた父だ。2人とも職人だが、祖父はどんな時も同じように基本となる良質なこんにゃく作りを追求する。父は本当にこれでいいのか、こうした方がいいのではと検証しながら改善・開発する人。どちらも大切な姿勢だ」

 ★丹野真敬氏(たんの・まさひろ) 東京農大醸造学科(現醸造科学科)卒。1999年入社。物産展・店舗での販売・営業で消費者の声を聞くことからはじめ、30歳ごろから開発に本格的に参加。こんにゃくのドライカレーやタピオカ風ドリンクなどの商品化を手掛けた。2018年に社長就任。上山市出身。44歳。

 ★丹野こんにゃく 1959(昭和34)年、丹野真敬社長の祖父章さんがこんにゃく店を創業。70年に丹野社長の父益夫さんが社長就任後、都内百貨店での観光物産展に初めて参加。75年には仙台市の丸光デパートと山形市の旧大沼山形本店に出店、こんにゃく総菜の販売を始める。77年に法人化、87年に「こんにゃく番所」を開設した。現在の店舗は同番所とエスパル山形、天童店など6カ所。資本金4千万円、従業員50人。本社所在地は上山市楢下1233の2。

【私と新聞】情報あふれる中の羅針盤
 コロナ禍で的確な情報を集める重要性をより認識するようになったという丹野真敬社長。新聞の信頼性を評価し「情報があふれる中で羅針盤のような存在」と語る。他の媒体で得た情報も新聞で確認。新聞に掲載された情報・言葉は「社会人として知っておくべきもの」と、自分の中に入れる知識の基準にしている。
 山形新聞で一番好きなのは、1面の談話室。「旬の話題を取り上げつつ、限られた文字数でよくあれだけ展開し、うまい落ちを付けられるものだ」と感心する。地域面も熟読して各地で異なる食文化や風習、祭りなどを学び、開発のアイデアをもらっている。
 物産展などでの出張時は電子版を活用。朝礼で従業員に話す内容も、よく新聞記事を引用する。「自分より経験豊富な従業員が多い。単に自分の考えとして話すより、重みや信ぴょう性が増す」と語った。

【週刊経済ワード】物流の効率化
 人工知能(AI)や自動運転といった先進技術のほか、企業連携で効率的な物流を目指す取り組み。配送ドライバーの不足などが背景にある。さらに新型コロナウイルス下でインターネット通販を中心に「巣ごもり消費」が広がり、現場の負担増加が課題となっていた。新たな技術、ビジネスモデルの開発が盛んで、ドローン配送の実用化に向けた実験も進む。
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